大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和52年(行ウ)12号 判決

原告

山口将行

外九二名

右九三名訴訟代理人

西元信夫

外一名

被告

大阪府知事

黒田了一

右訴訟代理人

荻野益三郎

外四名

主文

1  本件訴えをいずれも却下する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

(原告らの求める判決)

1  被告が昭和五二年一月二七日付大阪府指令企業管第二七六八号をもつてした賃借権設定承認を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

(被告の求める判決)

主文同旨

(本案につき)原告らの請求を棄却する。

(原告らの請求原囚)

一  行政処分

1  被告は新住宅市街地開発法に基づく豊中都市計画千里丘陵住宅地区新住宅市街地開発事業の施行者である。

2  大阪府は昭和四六年三月二七日フジタ工業株式会社及び株式会社トーメンに対し、右事業により造成された宅地である豊中市新千里東町一丁目五番地の二宅地14,028.78平方メートルの土地をアミユーズメントセンター建築用地と用途を指定して売渡し、その後フジタ工業株式会社及び株式会社トーメンは右土地を被告の承認を得て千里レジヤーセンター株式会社に売却し、千里レジヤーセンター株式会社は右土地上に鉄筋コンクリート造陸屋根地下一階(一部二階)付六階建店舗(以下本件建物という)を建築所有して来た。千里レジヤーセンター株式会社は本件建物のうち一階の一部一、七四八平方メートル(従前リビング家具展示場として使用していた部分)及び二階五、一四八平方メートル(従前ボーリング場に使用していた部分)を株式会社ダイエーに賃貸し、株式会社ダイエーはここで大型量販店を開店する計画を建て、右両社は昭和五一年八月一七日被告に対し、同法三二条一項により右賃借権の設定承認の申請をした。

3  被告は昭和五二年一月二七日付大阪府指令企業管第二七六七号をもつて右賃借権の設定を承認する処分をした。

二  原告適格

1  原告らは別紙小売業目録記載の市場、商店街において記載の品目を取扱う小売業を営んでいるが、原告ら(番号5ないし15の原告を除く)の小売店舗は右一の市街地開発事業の事業地内にある。原告ら(番号5ないし15の原告を除く)は、別紙一の千里丘陵店舗付住宅譲渡契約に基づき大阪府より新住宅市街地開発法に基づく事業として店舗付住宅及びその敷地の譲渡を受けてそこで右の小売業を営んでいるか、あるいは、事業協同組合が別紙二の千里丘陵マーケツト施設譲渡契約に基づき大阪府より同法に基づく事業として譲渡を受けたマーケツト施設及びその敷地の一部である店舗を組合員の資格で使用して右の小売業を営んでいるかの何れかである。なお、番号5ないし15の原告らの小売店舗は右一の市街地開発事業地内にはない。

2  原告らの店舗の存する千里ニユータウンにおける商業施設は、地区センターを母型集団施設としつつ、一住区一近隣センターを設け、近隣センターにおいては、生鮮食料品を主体とするマーケツト、日常雑貨等を扱う小売店舗、飲食喫茶、美容、理容などのサービス店舗を配した施設群が一四か所存する。これは、マスタープランにおいて、地域住民の日常生活上の便益を図るとともに、地区センター、近隣センターのそれぞれの施設利用効率を高めるために計画されたものである。このため、東西南北の四つの近隣住区ごとに一近隣センターが設けられ、各近隣センターにおいては、一業種一店舗主義がとられ、大阪府の指定する業種を承認しなければ事業地内の店舗付住宅やマーケツト施設が譲渡されないこととなつている。そのうえ店舗の看板でさえ、その大きさや形式も規制されている。

3  かかる商業秩序の下において、本件賃借権設定承認がなされ株式会社ダイエーの大型量販店営業がなされるならば、既存の商業秩序が破壊されるのみか、近隣センターにおける原告ら小売業者の営業は致的命な打撃を受けること明らかである。

4  原告らは新住宅市街地開発法及び前記譲渡契約による多くの規制を受けながら小売業を営んでいるものであるが、処分計画に定められた処分後の造成宅地等の利用の規制(本件では千里レジヤーセンター株式会社が建物をアミユーズメントセンターとして利用すること、原告らが各店舗をその営業の用に供すること)は、本件事業が大規模かつ総合的、計画的な町づくり事業であることに鑑み、一方では住区内居住者の日常生活上の便益を図るとともに、他方ではその規制により過当な競争を避け、あるべき商業秩序を形成して被規制者の個人的利益を保護しようとする趣旨であると解すべきである。したがつて、原告らは、本件事業における処分計画及びそこに定められた処分後の造成宅地等の利用の規制によつて、小売営業上の利益が保護されているのである。換言すれば、本件建物が「アミユーズメントセンター」としての利用上の規制がなされていることによつて、原告らは一業種一店舗主義等の規制を受けていることと相俟つて、その営業上の利益が保護されているのである。このような原告ら小売業者の営業上の利益は行政事件訴訟法九条の「法律上の利益」にあたり、原告らは本件賃借権設定承認の取消しを求める原告適格を有する。

三  違法性

本件賃借権設定承認には次の違法がある。

1  被告が作成した処分計画は本件建物を娯楽センターとしているが、この計画を適法に変更しないままこれを大型量販店の営業に用いることを許す本件賃借権設定承認は処分計画に違反して違法である。

2  株式会社ダイエーが本件建物で大型量販店を営むことになると、既存の商業秩序は破壊され近隣センターにおける原告ら小売業者の営業は致命的打撃を受けることになるが、このようなことを容認する本件賃借権設定承認は違法である。

四  結論

よつて、原告らは違法な本件賃借権設定承認の取消しを求める。

(請求原因に対する被告の認否)

一  請求原因一、二1の事実は認める。

二  請求原因二3、4及び三は争う。

三  原告らは本件賃借権設定承認の取消しを求める原告適格を有しない。

1  新住宅市街地開発法は、健全な住宅市街地の開発及び住宅に困窮する国民のための居住環境の良好な住宅地の大規模な供給を図り、もつて国民生活の安定に寄与することを目的とするものであり(一条)、その三二条の趣旨はこのような公共的事業として造成された宅地を、低廉な価格で分譲したにもかかわらず、これを譲受けた者が当該宅地又はその上に建築された建築物を他人に移転し、又はそれらに関して使用収益する権利を設定することによつて不当な利益を得ることを防ぐとともに宅地又はその上に建築された建築物を真に同法の目的趣旨に従つて利用する意思のある者に利用させることを確保するために、右移転又は権利設定については都道府県知事の承認を受けなければならないとしたのである。従つて本条は特定の個人の利益を保証するために行政作用を規律したものではなく、あくまでも公益の保護のために行政作用を規律したものである。同条が移転又は権利設定につき知事の承認を必要としたことによつて結果的に特定個人が利益を受けることがあるとしても、それは事実上の利益又は反射的利益であつて、原告適格を基礎づけるものではない。

2  本件事業地区における店舗付住宅やマーケツト施設の分譲に関しては店舗の業種を定める等別紙一、二の合意をするのを例としているが、これは地区において店舗の業種が片寄らず各業種を満遍無く網羅するよう調整し、もつて地区居住者の日常生活に必要なものを確保し利便ならしめることを目的とするもの、即ち同法及び同法施行規則に副う措置に外ならないのであつて、小売業者の個人的利益を保護する趣旨のものではない。

3  原告らのうち番号5ないし15の者らは本件事業地区外で営業する者であるから本件賃借権設定承認の取消しを求める原告適格を有しないことは明らかである。

(証拠)〈省略〉

理由

原告ら(番号5ないし15の原告を除く)が本件訴えにつき原告適格を有する理由として主張するところは請求原因二のとおりである。そこで右原告ら主張の小売業者の営業上の利益が新住宅市街地開発法三二条一項に基づく賃借権設定承認の取消しの訴えを提起する適格を基礎づける法律上の利益として保護されているかについて判断する。

新住宅市街地開発法はその一条において、同法の目的を、「健全な住宅市街地の開発及び住宅に困窮する国民のための居住環境の良好な住宅地の大規模な供給を図り、もつて国民生活の安定に寄与すること」と規定しており、同法の目的は事業地内での営業者の利益の保護ではないことは明らかである。同法三二条一項の承認についてみても、同条二項は、「当該権利を設定……しようとする者がその設定……により不当に利益を受けるものであるかどうか、及びその設定……の相手方が処分計画に定められた処分後の造成宅地等の利用の規制の趣旨に従つて当該造成宅地等を利用すると認められるものであるかどうか」を考慮して右承認に関する処分をするものとしており、右前段は設定者が不当な利益を得ることを防ぐ目的であり、近隣営業者の利益を護る目的のものではないことは明らかである。右後段にいう利用の規制とは同法二五条の基準により定められたものであり、同条の基準は健康で文化的な都市生活と機能的な都市活動を確保し、あるいは居住者の福祉利便に資し、健全な住宅市街地を維持する目的を有しているとは解されるが、右の利用の規制が小売業者の営業利益を保護する目的を有しているものとは解されず、右の同法三二条一項の承認が原告らのような小売業者の営業利益を保護する目的を持つているとは解することができない。

もつとも、住宅地内に適切に小売店舗が存在することは良好な住宅地としての必要な要件であり、同法も購買施設で居住者の共同の福祉又は利便のために必要なものを公益的施設と定義し(二条七項)、公益的施設につき多くの規定を置いている。しかしこれらを検討してみても、これらの規定は居住者の福祉利便を維持する目的から置かれていることが明らかであつて、購買施設の経営者の営業が他の競業者から害されないことを同法において配慮しているものと解することはできない。

また、番号5ないし15の原告を除く原告ら又は同原告らが組合員である協同組合は請求原因二1のとおり大阪府よりその店舗付住宅又はマーケツト施設及びその敷地の売渡を受けた者であること、右売渡の契約においてはその店舗又はマーケツト施設における営業種目が定められ、右原告らがその営業をしなかつたり長期間休業したりしたときは契約を解除されることになつていることは当事者間に争いがなく、右売渡自体は同法三〇条一項に基づくものであること、買受希望者が右のような条項を承諾しなければ大阪府はその者に売渡をしないであろうこと、及び大阪府は右の営業種目を定めるに当り同一地区に同一業種の店舗が重複しないように考慮していることは弁論の全趣旨により認められるところである。しかしながら、右原告らの受けている右の営業上の制約自体は契約に基づくものであつて右同法自体に基づくものではなく、しかも右契約の一方の当事者である大阪府の側からは右契約上の制約は営業者の利益を護る目的ではなく居住者の福祉と利便を維持する目的で定められたものであることは弁論の全趣旨により認められる。

右原告ら主張の事実関係の下で右原告らの営業が他の営業により害されないことが、他の法律(例えば、大規模小売店舗における小売業の事業活動の調整に関する法律)ではともかくとして、新住宅市街地開発法の下で保護されているということはできない。

更に原告適格を本件賃借権設定承認の効力、原告らの地位に及ぼす影響の点より検討する。

新住宅市街地開発法三二条一項の承認は同項に定める所有権移転、賃借権設定等を適法有効なものとする効力は有するものと解される。しかしこれらの承認を受けた所有権取得者、賃借権者は他の法令や契約で禁止されない限りその承認の範囲でその地上建物を自由に利用することができるのであつて、同法三二条一項の承認は他の法令や契約による利用の制約を解除する効力を持つのでもなければ、特定の利用方法を法律上可能とするものではないし、また右承認はその性質上その地上建物の利用一般は当然に予定していても、特定の利用方法を当然に予定しているものと解することはできない。

もつとも、本件建物の敷地は当初大阪府よりアミユーズメントセンター建築用地と用途を指定して売渡されたこと、賃借権者の株式会社ダイエーは本件建物で大型量販店を営む計画であつたことは当事者間に争いがなく、株式会社ダイエーは右のとおり開業する予定であることを本件賃借権設定承認の申請書に記載していることは弁論の全趣旨により成立の認められる乙一号証により明らかである。しかし、このような事実があつたとしても、株式会社ダイエーが大型量販店を営むことが、賃借権設定承認の法律上当然予定しているところということはできない。

そうすると、本件賃借権設定承認は株式会社ダイエーがその賃借部分を賃借権に基づき適法に利用することを可能とするだけのものであつてその大型量販店営業は右のとおり利用可能となる建物をどのように利用するかについての株式会社ダイエーの意思によつて決定されたものというべきであるから、右大型量販店営業により右原告らの営業が打撃を受けるとしても、それをもつて本件賃借権設定承認取消訴訟の原告適格を基礎づけるものと解することはできない。

以上のとおり、新住宅市街地開発法の事業地内の土地及び地上建物を特定の営業に利用することを条件として大阪府より売渡を受け、又は自巳が組合員である協同組合が売渡を受け、その建物でその営業をしている原告ら(番号5ないし15の原告を除く)は、同一事業地内の建物の賃借予定者の営む予定の大型量販店の営業により営業上の打撃を受けるとしても、その賃借予定者のためにされた同法三二条一項の賃借権設定承認につき取消訴訟を提起する適格を有しないというべきであつて、これら原告らの本件訴えは不適法である。

番号5ないし15の原告らが本件事業地外の近隣地で小売業を営み、株式会社ダイエーの大型量販店営業により営業上の打撃を受けるとしても、それが本件賃借権設定承認の取消訴訟を提起する適格を基礎づけるものではないし、他に右原告らが原告適格を有すると認めるに足る証拠はない。

以上のとおり、いずれの原告も本件訴訟を提起する原告適格を有せず、本件訴えはいずれも不適法であるからこれらを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(石川恭 井関正裕 西尾進)

別紙 一

千里丘陵店舗付住宅譲渡契約

第七条 乙(住宅の譲受人をいう、以下同じ)は住宅(譲渡の建物及びこれに付随する敷地をいう。以下同じ)において、次に定める業種によつて営業を行ない、かつ甲(大阪府をいう、以下同じ)が別に定める期日までに開業しなければならない。ただし、甲がやむを得ない事情があると認めて承認したときは、この限りでない。

(指定業種     )

第八条 乙は、住宅を次に定める用途により使用するものとする。

(1) 住宅のうち住居部分

乙が自ら居住する住宅

(2) 住宅のうち店舗部分

乙が前条の業種を自ら経営する店舗

2 乙は、住宅を前項の規定による用途以外に使用してはならない。ただし、甲が特別の事情があると認めて承認したときは、この限りでない。

第一〇条 乙は、住宅の引渡しの日以後住宅の原状を変更し、または付属工作物等を設置しようとするときは、あらかじめ設計図書等を甲に提出し、その承認を受けなければならない。

第一一条 甲は、乙が次の各号の一に該当したときは、契約を解除することができる。

(3) 第七条本文の規定に違反して、指定業種によつて営業を行なわず、または甲が指定する日までに開業しなかつたとき

(4) 第一〇条の規定に違反して、甲の承認を受けないで住宅の原状を変更し、または付属工作物等を設置したとき

(5) 長期間休業したとき

2 甲が前項の規定により契約を解除したときは、乙は違約金として譲渡代金の一〇〇分の五相当額を限度として甲が定める金額を甲が発行する納入書により甲に納入しなければならない。

別紙 二

千里丘陵マーケツト施設譲渡契約書

第七条 乙(施設の譲受人の事業協同組合以下同じ)が施設(譲渡の建物及びこれに付随する敷地をいう。以下同じ)に設ける店舗の業種および開業日は、末尾記載のとおりとする。

2 乙は、前項の店舗業種を増減し、または開業日を変更しようとするときは、あらかじめ甲(大阪府をいう、以下同じ)と協譲のうえその承認を受けなければならない。

第八条 乙は、施設をマーケツト以外の用途に使用してはならない。ただし、甲が特別の事情があると認めて承認したときは、この限りではない。

第一〇条 乙は、施設の引渡しの日以後施設の原状を変更し、または付属工作物等を設置しようとするときは、あらかじめ設計図書等を提出し、その承認を受けなければならない。

第一一条 甲は、乙が次の各号の一に該当したときは、契約を解除することができる。

(3) 第七条本文の規定に違反して、指定業種によつて営業を行なわず、また甲が指定する日までに開業しなかつたとき

(4) 第一〇条の規定に違反して、甲の承認を受けないで施設の原状を変更し、または付属工作物等を設置したとき

(5) 長期間休業したとき

2 甲が前項の規定により契約を解除したときは、乙は違約金として譲渡代金の一〇〇分の五相当額を限度として、甲が定める金額を甲が発行する納入書により甲に納入しなければならない。小売業目録〈略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例